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あの頃のヘアスタイル辞典
テクノカット



「ソリッドステイトサヴァイヴァー」ジャケット


テクノカット原型


テクノカット、カーリー様式

テクノカットは80年代初頭に流行したヘアスタイルです。

まず、左の写真をご覧ください。
これは79年に発売されたY.M.O(イエローマジックオーケストラ)の2枚目のアルバム「ソリッドステイトサヴァイヴァー」のジャケットです。

Y.M.Oは日本の伝説的ロックバンド「はっぴいえんど」の主要メンバーの「細野 晴臣」が「坂本 龍一」、「高橋ユキヒロ」らと79年に結成したグループです。

生楽器を使わず、コンピューターとシンセサイザーで演奏するという、当時は画期的な演奏スタイルで、機械的なサウンドに東洋的なメロディーというミスマッチな組み合わせが日本より先に海外で人気を呼び、逆輸入という形で日本でも大ヒットしました。

ロックでもポップスでもないY.M.Oの音楽は「テクノミュージック」という新しい音楽のカテゴリーを作りだしました。

そんなY.M.Oの名を不動にしたのがこの「ソリッドステイトサヴァイヴァー」です。
収録曲の「テクノポリス」、「ライディーン」が大ヒットしますが、同時に、赤い人民服に、もみあげが短い上に、刈り上げヘアという彼らの、いでたちが話題を呼び、Y.M.Oのビジュアルイメージを定着させました。

当時、「刈り上げ」をするのは中高年の男性くらいで、およそ「カッコ良いヘアスタイル」とは相当遠い距離にありました。

ちなみに、この衣装をデザインしたのがY.M.Oのメンバーである「高橋ユキヒロ」で、ヘアを作ったのが、当時人気のヘアデザイナーの本田 三記夫です。

赤い人民服はさすがに流行はしませんでしたが、もみ上げが短いヘアスタイルは「テクノカット」として若者を中心に受け入れられました。

テクノカットとは、要するにグラデーションボブのグラデーションの部分を刈り上げたものですが、一番の特徴は、もみあげを出来るだけ短くする事にありました。

バリエーションとしてレイヤーを入れたり、カーリーヘアというのもありましたが、短いもみあげだけは共通していました。

テクノカットの流行としての寿命は短く、おそらく数年ほどだったと思いますが、「短いもみあげ」だけは、一般の男性にも受け入れられ、おおむね、80年代中は大半の男性のもみあげは短かったと思います。


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